2010年2月5日金曜日

小さな手

私は人の手が好きだ。赤子の手も好きだし、すっかり皺だらけになった、年老いた手も好きだ。手の醸し出す表情は、私の心を捉えて離さない。

その手はとても小さくて。世界を掴むにはまだまだ小さ過ぎて。だから私はその手を引いて歩くのが、自分の役目だと思っていた。
それがいつの間にか、私の手から離れ、ちょこちょこと自らの足で歩くようになり。気づけばその手はもう、ぐんぐんと大きくなっており。

あぁ、もう、この手は私を離れてゆくのだ。そう、初めに感じたのはいつのことだったろう。はっきりは覚えていない。ただ、そう感じられたことがあったことは、私の中、鮮明に残っている。
もちろん私はここに在る。ここに在って、その手の行く先をじっと見つめている。もしその手が振り返り、私を必要とする時があるのなら、私は手を伸ばすだろう。

けれど。
何だろう。もはや犯すことのできない世界がそこに在り。
それはもう、その者しか紡ぐことのできない音色を紡いでおり。
だから私はただ、見つめる。耳を澄ます。
ここに在るよ、ここに在るよ、と、心の中、繰り返し呟く。
だから先にゆけよ、歩いてゆけよ、と、心の中、繰り返す。

その手にこそ掴めるものを。その手にこそ触れられるものを。その手でこそ掴んでゆけ。
おまえの世界は何処までも、おまえ自身のものだ。