2010年5月2日日曜日

一本の樹は

樹に耳をつけ、じっとしていると、ふつふつ、ふつふつ、と、幹の内奥から音が聴こえてくるときが、ある。
まるでそれは、長い長い時を経て、昇って来た泡粒のような音色で。ふつふつ、ふつふつ、と、何処までも透き通った音がする。

その樹がまだ小さかった頃。
私はこの辺りを、駆け回っていた。何も知らず、ただ駆け回って、嬌声を上げていた。
その樹がだいぶ大きくなった頃。
私もずいぶん年をとり、多少の人の年輪が、感じられる程度には年をとり。
そうして樹の根元に座った。

私はその時、泣いていた。

夏の最中で。陽射しは残酷なほど眩しく。私を焼き尽くすかの如く。燃えていた。でも。樹の枝はちょうど私が座っている場所を守り。
私はその木陰で、泣いた。

今さらにその樹は大きくなり。
そしてその周りには。私の娘たちが、集う。

時の流れは、こんなにもやさしく。やわらかい音色を奏でるものなのだと、樹を見つめていると、いつも、思う。