2011年1月4日火曜日

森の入り口

そこは鬱蒼と木々の茂る場所で。
一歩進むごとに、緑の匂いが濃くなってゆく。
私たちはそこをゆっくり、そう、ゆっくり散歩していた。ある夏の昼下がり。

先に走ってゆく娘の背中を眺めながら、大きくなったなぁと改めて感じる。
生まれたとき彼女は、がりがりに痩せて、あばら骨が丸見えだった。
妊娠時期ずっと、異常続きで絶対安静が続いたと思っていたら、出産したら出産したで、三ヶ月目に私は倒れ、動けなくなった。トイレにさえ自分でいけない状況になった。
あのときほど、情けないと思ったことはない。
おむつが濡れて泣いている娘が目の前にいるのに、手が届かない。
何とか必死に這いずって行っておむつを交換するのだが、泣き止まない。
抱き上げることが難しくて、私は彼女に寄り添って、ああでもないこうでもないとおもちゃを見せてはあやした。
本当に情けなかった。昨日までひょいっと娘を抱き上げていた自分の体だったのに、それがトイレにさえいけない、痛みで座っていることもできない、そんな状態に陥るなんて、と。

それでも。
そんな親の不具合になど引きずられることなく、娘はすくすくと大きくなり。
風邪一つひかず、ぐいぐいと大きくなり。
気づけば私の背丈に、もうじき届く、頃。

ママー!森がざわめいてるよー!
先に行った娘が大声で私にそう告げる。私は立ち止まって耳を澄ます。そして娘へ返事をする。
うん、ざわわざわわって、何か言ってるみたいだねー!
娘は走って私のところに戻ってくると、耳に口を寄せてこう言った。
きっとね、この森には、精霊が住んでるんだよ。森の精霊。

あと何年かしたら、この森も開発されて、私たちの手の届かないところへ行ってしまうのかもしれない。でもそれまでは。
存分に味わっておこう。この森の匂い。この森のざわめき。この森の、囁き。