2011年6月27日月曜日

祈々花々Ⅱ

ひとりで西の街にぽつりと暮らしている彼女は、よく声を失った。酷い悪夢やフラッシュバックに魘される日々を過ごすと、気づけば声が失われていた。
殆ど聴き取れない、掠れた声で必死に、電話を掛けてくる、彼女の声を今、ありありと私は思い出す。

私がこのシリーズに「祈々花々」と銘打ったのは何故だったんだろう。気づいたらそうしていた。
花を胸の前に抱いて立つ彼女は、私のファインダーの中、小刻みに震えていた。それでも彼女は黙ったまま、必死に両足を踏ん張っていた。
そんな彼女の姿に、私は自然、祈っていた。どうか彼女の心が体が、これからの戦いにも耐えてゆけますよう、どうか彼女がそんな戦いを、越えてゆけますよう。

そして気づけば私はこれらの写真に、「祈々花々」と名づけていた。

2011年6月24日金曜日

祈々花々Ⅰ


彼女と知り合ったのは、もうかれこれ四年前になる。
その頃彼女はまだ、一被害者だった。そう、一性犯罪被害者、だった。まだまだ生のままの傷を抱え、かさぶたの下には膿を抱え、全身で悲鳴を上げていた。彼女の一歩一歩が、まさに血の悲鳴だった。

知り合って程なく、彼女をよく撮るようになった。被害の折に写真を撮られていた彼女は、シャッターの音に恐怖を覚える人だった。だから私は、極力シャッター音の小さいカメラを選んで撮った。

あの日、二人で花屋へ行った。花屋で、あれでもない、これでもない、と、花を選び、その束を抱きかかえて家まで帰った。
そうして窓の外、日が傾いてゆく中で、これらを撮った。

2011年6月21日火曜日

トンネルの先に

あの日の撮影の最後に、この一枚を撮った。
ふらふらして足元の定まらない彼女を、私は片手で支えながら、そうして撮った。撮り終えた後、二人とも、へなへなと座り込んだような記憶がある。約二時間の撮影。夜明けと共に家を出、そうして太陽は今、私たちを照らしていた。

どうして最後にこんなカットを撮りたかったんだろう、私は。
普段殆ど指示を出さない私が、あの時は、こうして、と、強く頼んだ。
彼女の手の中に、その輪の中に、光が欲しかった。彼女がこれから歩く道が、どんなに今暗闇であろうと、その先は必ず光溢れる場所に繋がっていてほしい、そう思った。
ただ、それだけを願った。

明けない夜がないように、彼女の道程がいくら今真っ暗闇であっても、その先には必ず光が待っている。私はそう信じたい。

2011年6月16日木曜日

水鏡

私は水が好きだ。池も湖も海も川も。水の類は全部好きだ。泳げもしない頃から、水辺に魅せられていた。陽光に煌く水面も、夜闇に沈む水面も、どちらも。惹かれてしまう。
前世はもしかしたら、魚だったんじゃないかと思ったりも、する。

あの日、Nちゃんが隣にいた。性犯罪被害者となってしまったNちゃんは、まだ被害から間もなくて、毎日毎日が戦いだった。
あの日の朝も、起き上がろうとしては倒れ、痙攣を起こし、意識を失い。私はただ彼女の手を握って、彼女の意識が戻るのを待つだけだった。

悪夢に魘される夜。フラッシュバックに襲われる朝。記憶を失う昼。そうした毎日の繰り返しの中でも、彼女は必死に戦っていた。
あの日、震える足で私のカメラの前に立ち、舞い踊ったNちゃん。
数週間後、ここからはひとりで頑張ってみます、と、電話をくれた。
今きっと彼女は、この空の下、ひとり戦っているに違いない。

あの日、Nちゃんが隣にいた。
水鏡はしんと鎮まり返り、私たちと共に在った。

2011年6月14日火曜日

日没の刻

鳥列を追いかけながら気づく。ああ、今、今まさに太陽が堕ちる。私は突然、立ち止まり、じっとその様を見つめた。
見つめなければいけない、そんな気がした。

そうしてぽとん、と、あっけなく太陽は堕ちた。地平線に沈んでいった。辺りは突然薄暗くなり始め。私はその時初めて、寒い、と感じた。
太陽がどれほどのものを、この地上に与えていたのかを、痛感した。いつのまにか鳥列は消えており。私はまるでこの砂地に取り残されたかのような、そんな気がして。

帰ろうか。
うん、帰ろうか。

どちらともなく言い交わし、歩き出す。防風林の中の小道はしっとりしており。私はそのまま裸足で歩く。
突然、私は振り返りたくなる。今度ここに来るのはいつになるんだろう。またおまえと会えるんだろうか。そんな不安に突如襲われて。
でも。
振り返るのは、やめた。私はきっとまた、ここに来る。そして再会する。この場所と。この世界と。またきっと。

2011年6月10日金曜日

海を渡る鳥たち

その時、ぎゃぁぎゃぁと少し掠れた、潰れたような鳥の鳴き声が響いてきた。驚いて振り返る。そこには一列になって波間を渡る烏たちの姿。
私はその見事な列にしばし息を呑む。烏がこんなふうに飛んでゆくのを、私は初めて見た。一糸乱れぬその鳥列。西の地平線に今落ちんばかりに傾いた太陽目掛けて、真っ直ぐに飛んでゆく。

気づけば私は、その鳥たちを夢中で追いかけていた。波に足がはまるのもお構いなしに走っていた。もちろん私などが追いつくわけはない。彼らはぐんぐん小さくなってゆく。
こんなふうに走ったのはどのくらいぶりだろう。子供の頃はこうやって思い切り走っては転んで怪我をしたっけ。生傷のたえない子供だった自分。
いつから妙な分別を身につけた? そうして身は徐々に徐々に重くなり、走ることを忘れていった。
こんなにも、気持ちがいいものだったのに。

2011年6月6日月曜日

波打つ砂紋

私は流木から立ち上がり、もう一度、砂丘を一周してみることにする。今度はカメラを手に持たず提げたまま、景色を見つめるのではなく眺めながら。

さっきまで見つめていたものたちを、今度は少し離れた場所から見る。紋様は見事なほどの波を描いており。草もたいして目立つわけでもなく、だからそこは、間違いなく砂丘の一隅であり。
ふと思った。人と同じ、だ。
離れていれば適度な距離をとって見ていれば、心地よい間柄を築ける相手であっても、近づきすぎたが故に傷つけ合い離れ離れにならずにはいられなくなる。

適度な距離。
世界にはそういう、物差しがあるのかもしれない。