2011年10月13日木曜日

シャボン玉

省みると、私は娘に、おもちゃらしいおもちゃを買ってやらなかった。
家にあるのはだから、手作りのおもちゃばかりで。
その中でもシャボン玉は、いっとう娘の好きな遊びものだった。

その日風が強く吹いており。それなのに保育園から帰った娘は、シャボン玉をやるんだと言ってきかない。
仕方なくベランダに出て、10分だけだよ、と指切りをする。

娘のシャボン玉は娘が息を吐いて生まれ出た瞬間、強風に煽られ飛んでゆく。その様が娘にはとても新鮮に映ったのか、繰り返し繰り返しシャボン玉を生み出す。

日も傾き始め、約束の10分はとうに越え。
ねぇ、もう終わりにしようよ。
やだ。
でも約束したじゃない、10分って。
でもね、シャボン玉が呼んでるんだよ。
呼んでる?
うん、お月様を呼んでるんだよ。
え?
シャボン玉が、丸いお月様出て来いって呼んでるんだよ。

娘の言葉にはっとして空を見上げれば、細い爪の先ほどの月が西の空に浮かんでいるところで。私は娘に言う。
今日のお月様は、細いお月様だよ。
ううん、違うの、丸いお月様がじきに生まれるんだよ。
生まれるの?
そう、だから今日はお月様の夢を見るんだよ。

娘の言い分はすさまじく飛躍しており。私は眼を白黒させながら、そうか、そうなのか、と頷いた。本当は首を傾げたかったが、それはしてはいけないことのように思えて、私は必死になってうんうんと首を縦に振った。

あの日、本当は娘は何が言いたかったんだろう。
お月様の夢を彼女は見たのだろうか。それはどんな夢だったのだろう。

シャボン玉とお月様。
儚く生まれ、儚く消えて。
重なり合うその姿。
私も、お月様の夢をいつか、見てみたい。