2012年10月23日火曜日

写真集「鎮魂景」通販サイトオープンしました


今年の六月に東京六本木の禅フォトギャラリーにて催しました写真展「鎮魂景」に合わせて制作しました写真集「鎮魂景」の通販サイトがオープンしました。

写真集「鎮魂景」販売処

写真展で展示できなかった作品や、言の葉(英訳つき)など、私の鎮魂景がこれでもかというほど詰まっています。
紹介写真をいくつか掲載いたしましたので、ぜひ一度ごらんになってみてください。
なお、こちらからご購入お申し込み頂いた場合、送料はこちらで負担させて頂きます。

どうぞよろしくお願いいたします。

2012年10月22日月曜日

写真と音楽を担当させていただきました

田口ランディさんの名著「富士山」が英訳出版されるにあたって、プロモーションビデオを製作することになり。
そのプロモーションビデオに、写真と音楽とで参加させていただくことになりました。


Randy Taguchi "Fujisan"


上記のリンク先の、ページ中央下あたりに、そのプロモーションビデオがあります。
とても美しく仕上がっています。
何より、ランディさんの朗読の声音がたまらなく美しいです。
ぜひ一度、ご覧になってみてください。

2012年10月12日金曜日

写真展「風砂渡」「去棄景」のご案内



写真展のご案内です。
今年も東京・国立市にある珈琲店「書簡集」にて展覧会を催します。
10月29日~11月25日「風砂渡」
11月26日~12月30日「去棄景」

今年は久しぶりに、風景写真を展示する予定です。
おいしい珈琲と一緒に、作品をご覧になっていただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。

なお、DM郵送ご希望の方は、メッセージ或いはメールでお知らせください。

2012年9月14日金曜日

彼女の肖像(7)

五年後の生存率は僅か五パーセント。
そんな肉体的な病と闘いながら、PTSDにも立ち向かわなければならない彼女。
でも。
生きると決めたあの日から、彼女は必死にその闘いを続けている。
「私はPTSDも克服して、そうして五年後も生きてる人になるの」。彼女は唇を噛み締め、そう呟く。

だから彼女が心弱くなった時の私たちの合言葉はこうだ。
「おばあちゃんになっても茶飲み友達でいるんでしょ」
「かわいいおばあちゃんになるんでしょ」

お互いにそう言って、苦笑し合う。

この関係が、何処まで続いてくれるだろう。でき得るならば永遠に続いてほしい。そう願わずにはいられない。
でも。
終わりは必ずやって来る。そう遠くない将来、必ず。

だからこそ、私たちは今日も向き合う。向き合い、この、張りつめた糸を互いに手繰り寄せながら、必死に生命を叫ぶ。

生きているよ、ここにいるよ、ここに私はいるよ。
と。

2012年9月3日月曜日

彼女の肖像(6)

治療が進むほど、彼女は具合が悪くなった。薬の副作用によって、杖なしでは歩くことも叶わなくなり、歩く速度そのものもがくんと落ちた。椅子に座っていても、骨の軋音が聴こえてきそうなほど痩せ細り、腹水も溜まる一方だった。

身体の病だけじゃない。
心の病も容赦なく彼女に牙を剥いた。度重なるフラッシュバック、悪夢、不眠、眩暈、離人症状。
これでもか、これでもかと、彼女をいたぶった。

何度泣き喚いたことだろう。
何度泣き崩れたことだろう。
それでも。

彼女は「生きたい」と言った。
私生きたいの、生きていたいの!と。

2012年8月15日水曜日

彼女の肖像(5)

そう、彼女を追いかけるなら、四六時中彼女に張り付いて、彼女の日常までもに押し入って、撮ることが必要なんだろう。それは分かっている。
でも。
私は、敢えて彼女に、私の舞台に乗っかってもらうことを、選んだ。

どう言ったらいいのかまだよく分からないのだが。
私は何よりも何よりも、彼女が死ぬその時、写真を見て、あぁ私こんなにいっぱい生きてきたね、と、そう言ってくれるような写真が、撮りたいと思った。それらをこそ、残したい。そう、思った。

2012年8月2日木曜日

彼女の肖像(4)

勿論私は彼女とカメラを挟んでだけ向き合っていたわけじゃない。カメラのないところで、ごく普通に彼女と向き合っていた。
具合が悪くて杖なしでは歩けなかった彼女。
病魔のせいで片目の視力がどんどん奪われ視界が曖昧になってゆく彼女。
パニックを起こし待ち合わせ時間にずいぶんと遅れてやって来る彼女。
処方された薬のせいで決まった時間にしか食事をとることの許されない彼女。
いろんな彼女と私は向き合ってきた。

病魔に冒された彼女を捉えるなら、四六時中カメラを携えて彼女と会い、具合の悪いときの彼女を容赦なく撮影すればいいのかもしれない。それは難しいことじゃぁないだろう。
でも、私はそれをしたくないと思った。

彼女は自分の生きている証を残したいと願っていた。生きている証、生きていた証、生きてきた証。それがちょうど私の「写真」という術と合致した。だからこそ彼女は私が写真をと言い出したとき、快諾してくれた。むしろ、自分の具合の悪いところでも撮って構わないというふうでもあった。けれど。

私は彼女を写真によって励ましたいとは思った。しかし、写真によって彼女の尊厳を汚すことだけはしたくなかった。

2012年7月24日火曜日

彼女の肖像(3)

何故そんなに、切なく、哀しく、そしてほっとする時間だったのだろう。

私は過去、嘆きの時間を十分に持たなかった。持つ暇も余力もなかった。生き延びるためにただ必死に、がむしゃらに、ここまでやって来てしまった。
そんな過去の私を彼女の中に見つけるにつけ、私は抱きしめてやりたくなるのだ。「大丈夫、休んでも大丈夫、止まっても大丈夫、休んで泣いて、存分に泣いて、それからまた歩き出せばいい」と。

実際彼女はよく泣いた。とんでもなくよく泣く人だった。何かあっても、何もなくても、ぽろぽろと大粒の涙を零して泣いた。そんな彼女に出会うたび、私は羨ましくなった。どうしてこうも潔く泣けるのだろう。泣けるってどうしてこんなにも素敵なのだろう、と。
彼女はきっと、そんなこと、知らなかったに違いない。

でも。

泣ける、というのは一つの浄化になり得る。と、私は思っている。
悲しみにしても憤りにしても。涙を思い切り流してそれを嘆き悲しむことができれば、それはある程度浄化される、と。
そしてそれは、とても大切な、必要な行為、必要な時間である、と。

私は過去、そうした時間を十分に持つことができなかった。そのせいでずいぶん遠回りをしてきた。だからこそ。

彼女の中に過去の私を見つけるたび、言ってやりたくなるのだ。
もういい、もう十分だ、今はそこでお休み、思い切り泣いて、思い切り嘆いて、それからでいいんだ、次のことは。
と。

でももう時間を巻き戻すことはできない。

だから私は、彼女に繰り返し言った。

「泣けるだけ泣けばいい。泣けるというのは幸せなことなんだよ。泣くだけ泣いて、それから次にいけば、いい」

2012年7月13日金曜日

彼女の肖像(2)


振り返れば。私が彼女を撮るようになって一年が経った。ひと月に一度、彼女の体調のいい時を探して向き合う。あっという間だったような、とてつもなく長い月日だったような、そのどちらでもあって、どちらでもない。

最初の頃、私は、ただひたすら、私に何ができるだろう、というその一心で彼女とカメラを挟んで向き合っていた。
それが徐々に変化し始めたのはいつの頃だったのだろう。よく覚えていない。
彼女と向き合いながら、私は彼女の中に、私を見ていた、そんな気がする。

PTSDと診断されたあの日から私はもう十九年の月日を数える。
それに対して彼女はまだ数年。
だから、彼女の状態は、過去の私のどこかに重なり合うものがあった。

彼女を見つめながら、私はいつしか、彼女の中に過去の私の像を見ていた。
あぁ、こんな時があった、あんな時が私にもあった、と。

それは、時に切なく、時に哀しく、それでいてほっとする、そんな、時間、だった。

2012年7月12日木曜日

彼女の肖像(1)

彼女と向き合い始めて、もう一年になる。

性犯罪被害者となってPTSDを抱え込んだ。
数年後、大腸癌であることが分かり、手術。
その直後、難病のサルコイドーシスであることが判明。

ひとりぼっちの母親を道連れに、心中をしようとしたこともあった。
何度首を括り自殺しかけたかもわからない。

それでも。

サルコイドーシスであることが判明して以来、彼女は生きることを決めた。

そんな彼女と、定期的に、カメラを挟んで向き合う。

この一年を見つめてきて。改めて思う。タフになったな、と。
そもそも出会ったのは一年半前、その頃の彼女は、蒲公英の綿毛よりも儚く脆かった。吹けば飛ぶような、という表現があるが、その頃の彼女は、こちらが吹く以前に飛んで行ってしまいそうな様相だった。

病が彼女を強くした、なんてことははっきりいって言いたくはない。
でも。
これでもかこれでもかと押し寄せる波を潜り抜けて行く間に、彼女は、自分の奥底に眠っている「生きたい」という欲望を、しかと見出したことは確かだ。

生きたい。

この純粋無垢な欲望は、誰にも止められない。

彼女はその欲望に、日々打ち震えながら、それでも今日も生きている。
そんな彼女を、私は誇りに思う。

2012年6月26日火曜日

個展「鎮魂景」のお知らせ

6月20日から始まりました。
写真展「鎮魂景」。
7月7日まで、東京六本木・禅フォトギャラリーで催しています。
どうぞお近くにお越しの際は、お立ち寄りください。

展覧会に合わせて、写真集も制作・販売しております。
この写真集、ぱっと見ただけでは、すべてが隠れています。
一枚一枚ページをめくって、ゆっくり見ていただけたらと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

にのみやさをり

2012年5月16日水曜日

彼女の覚悟

あれは風吹き荒ぶ冬の日だった。彼女は腰まであった髪を肩あたりまでばっさりと切り落として現れた。さっぱりしたでしょ?開口一番そう言って君は、さらりと笑った。
失恋なんかで髪を切るタイプの人じゃぁなかった。だから私は敢えて何も聴かなかった。彼女が話してくれるまで何も聴かない。それが私の礼儀だった。

しばらくして彼女が、ぽろり言った。
あんまりにもいろんなことがあり過ぎて。だからきれいさっぱりすべて切り捨てることにしたの。今までのことの殆どをゼロに戻して、そこからまた新しくやってくわ。

いったん引き上げられた生活のレベルを落とすのは、はっきり言って容易じゃない。今までのことをゼロに戻して、と彼女は言うが、言葉ほどそれは簡単じゃぁない。

しかし。

洋服の趣味も身に着けるものも、何もかもをがらりと様変わりさせてきた彼女の覚悟は、相当なものだった。これまで一心不乱に進んできた夢さえも、彼女は手放すと言う。
「私には、あの夢に足りるだけの覚悟が足りなかったの。だから一度御破算にするわ。それでもまたあの夢に自分が突き進むなら。今度こそ、だわよ、ね」

向き合った彼女は北風に煽られ。小さな身体は飛んで行ってしまいそうなほど轟々と風に嬲られ。
でも。
彼女はびくともしなかった。まるで彼女の今の覚悟のように。

あれから四年。
彼女は新たな道を歩いている。
夢と現実と両方をしっかと掴んで。
そんな彼女に私は今、改めて拍手を送りたい。

2012年5月10日木曜日

あの日

あの日君は言った
私、明日死ぬの
ソックスを履いた細い足を
ぱたぱたさせながら
膝に頬杖ついて
少しだるそうに、でもあっさりと
そう、言った

私はあの日の君の言葉を
今も辿っている
手を伸ばして、そして、
知るんだ

あの日君はここに在た
そして
今日 君は、ここに在ない

2012年4月18日水曜日

手紙 4.


手紙 4.

聴こえますか
聴こえていますか
遠く離れた君へ 今
呼び掛けてる

用事なんてないんだ
ただ君がどうしてるのかなと
それだけなんだ
元気ですか
今何考えてた

遠く離れた、けど、
同じこの空の下

生きてますか
生きていますか

今しか見えない私たちは
途方に暮れたり
道を誤ったり
いろいろあるけど

それでも

生きてますか
どうしてますか
今日はどんな一日でしたか

それがたとえ君にとって
あまりに平凡な
当たり前すぎる一日だったとしても

君が生きていること
私も生きてここにいるということ
それは何より 尊い

届かなくても
呼びかけるよ、 時に君へと

そこにいますか
生きてますか
一日に一度くらい
深呼吸してますか

そうしてる間にも
時間は流れゆき
私たちは私たちの時間を
それぞれに積み重ねてゆく
たとえそれが
これっぽっち だったとしても

二度と会うこともなく
お互い人生を終えるかもしれなくても

それでも
時に僕は君へ
呼びかけるよ
大切な君へ
この世でたった一人しかいない
大切な君へ
たとえ君の耳に心に今
届くことがないとしても

呼びかけるよ
生きてますか
生きていますか
そこにいますか

私は今日もこうして
生きてこうしてここにいます

2012年4月3日火曜日

立ち枯れる紫陽花の花の根元には

幼い頃から、私は紫陽花の花が好きだった。特に蒼い紫陽花が。幼い頃はよく、よそのお宅の蒼い紫陽花を見つけては、こっそり枝を折って持ち帰り、挿し木したものだった。
紫陽花は強いから、よほどのことがない限り根をつけてくれる。それも私が好きだった理由のひとつだったのかもしれない。

紫陽花の花の散るところをあなたは見たことがあるだろうか。
確かに数枚の花びらは、舞い散る。舞い散ることが、ある。しかし、あの花は殆どあの形のまま、残るのだ。枯れても残る。冬になっても下手をすればその形のまま残っている。
ドライフラワーのようになったその姿を見るたび思う。
彼らはああやって一年を通して、何を見つめ何を思っているのだろう。

或る冬の午後、散歩をした。その公園には桜の樹と蒼色の紫陽花とがこれでもかというほど植えられており。冬だというのに私の目の中には、彼らのこぼれるように咲き誇る姿がありありと浮かび上がった。
その時。目の前に現れた、立ち枯れた紫陽花の花。それは見事なほどに元のままの姿で。私はじっとそれを見つめた。彼も多分、私を見つめた。

見つめあい、しばし時を過ごした。

その日空はすかんと晴れ上がり。黒々とした桜の樹の枝が空に手を伸ばしていた。その枝々にはすでに夥しいほどの萌芽が。そして紫陽花の株の根元からは小さな小さな赤子の手のような新芽の塊が。

あぁ、春だ。私は空を見上げ、そう呟いた。

2012年3月24日土曜日

ぽつり、ベンチ

自分の家の近所で迷子になるなんて、おかしなことに聴こえるかもしれないけれど。当時私が住んでいた町は実に入り組んだ細道ばかりの町で。私は事あるごとに迷子になっていた。
性分なのだろう、知らない道を見るとつい、通ってみたくなるのだ。そうして迷子になる。

その日はとてもよく晴れた日で。散歩するにはうってつけの日だった。
私はホルガを右手にぶら下げて、てこてこ歩いていた。あ、この道は知らない道だと思うとくねっと曲がり、また知らない道を見つけるとそこに入り込み。としているうちに、すっかり迷子になってしまった。遠く埋立地の高層ビル群が見えるものの、どちらに曲がったら我が家に帰り着けるのか、いっこうに分からなくて。
もうくたくたになって途方に暮れて。
その時、このベンチを見つけた。
マンションが三つ並んだ、その片隅に、このベンチがぽつり、置いてあった。人通りの全くないところで、道を訊くにも訊けず、私はベンチをじっと見つめた。

「座ってもよろしいでしょうか」
誰にともなく呟いた。
ベンチはもちろん返事をしてくれるわけでもなく。ただ黙ってそこに在り。
私はそろそろと、ベンチに座った。
歩き疲れた足はもうくてんくてんに疲れており。私は半分泣きたくなっていた。
でも。

ベンチに座ると、空がすかんと見渡せて。空をちょうど鳥が渡ってゆくところで。
雲がひとつふたつ、ぽっかり浮かんでおり。
何だかそれは、とてもいとおしい光景で。

ぽつり、置いてあったベンチに私は励まされ、結局それからさらに一時間歩いて家に帰った。
あのベンチは、今も私の目の中にあるけれど。

何処にそのベンチが在るのか、私にはもうさっぱり、分からない。

2012年3月18日日曜日

後姿

あの頃。
私たちはいつも、ぼんやりと、夕方になるとその公園を訪れた。
何があるわけでもない、いや、はっきりいって何もない公園。でも、何もないところが私たちは気に入っていた。何もないからかけっこできる、何もないからかくれんぼもできる。何もないから。
そう、何もない、ということが、私たちを豊かにしていた。

その日、彼女は砂の上に拾った枝で絵を描いていた。いろんな動物の絵を描いた後、私に、トトロの絵を描いて、と頼んできた。
だから思いっきり大きなトトロの絵を描いてやった。
すると、彼女は、ひとりぶつぶつ呟きはじめた。
何を呟いているんだろう、そう思ったけれど、なぜだろう、話しかけてはいけない気がした。だから私は少し離れたところから彼女をじっと見つめていた。

「トトロ、今度何処に行く?」
「うん、今度はね、お空に行くんだよ」
「だから猫バス呼んでちょうだい」
「うん、でもね、お空飛びたいの、いいでしょ?」

娘は、どうも一人芝居しているようで。これはますます話しかけてはならぬと私はさらに数歩後ずさって、彼女を見守った。
もうすっかり違う世界で、トトロとお話ししているらしい娘は、ひとりてこてこ歩いては、何かする仕草をしている。

あぁ、私にもこんな時間があったな。私は思い出す。子供の頃の一人遊び。
そして一枚、ホルガで撮った。彼女の後姿。

多分、私もあの頃、こんな後姿をしていたに違いない。そう思いながら。

2012年3月10日土曜日

ブランコ

その日いつもの公園に娘と連れ立って出かけた。
珍しく誰もいない公園。

実は娘はブランコに乗れなかった。
いや、座ることはできるのだが、漕ぐことができなかった。
いつだって私が揺らしてやらなければ、ブランコは止まったままだった。

その日、思い切って娘に声を掛けた。「ブランコ、漕ぐ練習、しようか」。
もちろん娘は首を振るわけで。
私は何度も娘の隣で漕いでみせた。めいいっぱい漕いで、空に飛びださんばかりの勢いで漕いで、漕げるとほら、楽しいよ、と見せてみた。
しかし、娘はいっこうに、自分で漕ごうとはしなかった。

もうだめかな、と思った頃。
娘がひょいっとひと漕ぎ。
「できるじゃん!」
私が褒めると、娘はにっと笑って、もうひと漕ぎ。
「すごいすごい!できるよ!空まで行ってごらん!」

それからが大変だった。もうブランコから離れなくなった娘。夕暮れは瞬く間に私たちを包み。
でも。
帰り道、二人手を繋いで、にこにこ笑った。
もう明日から、ブランコできるね。
うん、みっちゃんと一緒に漕げるね。

空にはもう、星がぽつり、光ってた。

2012年3月3日土曜日

煙突

その煙突は、唐突にぴょこんっと出っ張っていた。平たい景色が広がる中で、その煙突だけがぴょこんっと。

四階の部屋に住んでいた。その部屋は窓が多いだけじゃなく南西に向かって広く全面に在って、だからいつだって午後の陽光が燦々と部屋に降り注いだ。
その部屋から外を見やれば、この煙突が必ず、ぴょっこんと出っ張っている。見やるたび私はいつも、ぷっと笑ってしまったものだった。

でもその煙突は、もう死んでいた。使われていない煙突だった。
昔そこには銭湯があったそうで。当時はだから、時間になるともくもくと煙が噴出していたそうだ。薪で焚かれるお風呂、さぞや気持ちよかったことだろう。

ひとりだけでっぱった煙突は、少し自慢げで、でも同時に、ちょっと寂しげでもあった。いつだってひとりぼっち、というのは、そういうものなんだろう。

その部屋から引っ越して、今地上に近い部屋に住まうようになって。
あの煙突がとても懐かしく思い出される。或る時はすかんと抜けるような空を背景にぴょっこり出っ張って、また或る時は鱗のような雲を背負ってそこに在り。季節によって変化する陽光を、より際立たせる、そんな役目を担っても、いた。

今もまだあの煙突はあるだろうか。あってくれたら、いい。

2012年2月23日木曜日

空を見上げるということ

私は毎朝、よほどのことがない限り一度は必ず空を見上げる。
そこにはひとつとして同じ空はなく。いつだって唯一無二の空が、在る。

思うのだ。
空を見上げるということはどういうことか。それは、空と向き合う、ということだ、と。
曇天の鼠色の空がたとえば今そこに在ったとして。私はそれをどんなふうに見つめるだろう。
重苦しいと感じるのか、それとも雨粒がいつ落ちてくるかとわくわくするのか。
それだけで、今の私の心の状態が明らかになる。
そう、私はまさに、空と向き合っている。空と向き合うということはそのまま、空を鏡にして自分と向き合うということに他ならない。

その時々の自分の心の状態を露わにする空。
今日私は空を、いとおしいと思った。
明日私は空と向き合い、一体何を思うのだろう。

そして、あなたは?

2012年2月17日金曜日

見据える先に、

私はよく、追い詰まっている時、自分の内奥で自分がしゃがみこんでいる姿を想像する。じっとしゃがみこんで、前方を見据えている、そんな姿。
本当なら、勢い良く飛び出していけたらいいのだろうけれど、結構臆病な私にはそれができない。
できるのはせめて、しゃがみこんで、じっと前方を見据える、そのくらい。

確かこの画を撮影したのは真冬だった。寒風吹き荒ぶ日で、だから彼女はフードを被ってせめてその風を避けていた。
でもその寒さのおかげで、空気は凛と張り詰めていた。張り詰めた空気はモノの輪郭を露わにする。光と影の境界線をくっきりと浮かび上がらせる。
私たちはそうして公園の、所狭しと立つ樹木の間で、この写真を撮った。

意図したわけではないけれど。
ちょうど、こんな具合だ。
しゃがみこんで、前方をじっと見据えている。そんな姿を私はいつも思い描く。そうして自分の中で、そこから徐々に体勢を変えて、いずれ飛び出す自分の姿を想像する。

その瞬間は。いつかなんて誰にも分からない。
私自身にしか、分からない。
だから、その瞬間を見逃さぬよう、私はじっと前方を見据える。私の視界がぱっと弾けるその瞬間を狙って、私は飛び出す。

さぁ、今だ!