2012年7月24日火曜日

彼女の肖像(3)

何故そんなに、切なく、哀しく、そしてほっとする時間だったのだろう。

私は過去、嘆きの時間を十分に持たなかった。持つ暇も余力もなかった。生き延びるためにただ必死に、がむしゃらに、ここまでやって来てしまった。
そんな過去の私を彼女の中に見つけるにつけ、私は抱きしめてやりたくなるのだ。「大丈夫、休んでも大丈夫、止まっても大丈夫、休んで泣いて、存分に泣いて、それからまた歩き出せばいい」と。

実際彼女はよく泣いた。とんでもなくよく泣く人だった。何かあっても、何もなくても、ぽろぽろと大粒の涙を零して泣いた。そんな彼女に出会うたび、私は羨ましくなった。どうしてこうも潔く泣けるのだろう。泣けるってどうしてこんなにも素敵なのだろう、と。
彼女はきっと、そんなこと、知らなかったに違いない。

でも。

泣ける、というのは一つの浄化になり得る。と、私は思っている。
悲しみにしても憤りにしても。涙を思い切り流してそれを嘆き悲しむことができれば、それはある程度浄化される、と。
そしてそれは、とても大切な、必要な行為、必要な時間である、と。

私は過去、そうした時間を十分に持つことができなかった。そのせいでずいぶん遠回りをしてきた。だからこそ。

彼女の中に過去の私を見つけるたび、言ってやりたくなるのだ。
もういい、もう十分だ、今はそこでお休み、思い切り泣いて、思い切り嘆いて、それからでいいんだ、次のことは。
と。

でももう時間を巻き戻すことはできない。

だから私は、彼女に繰り返し言った。

「泣けるだけ泣けばいい。泣けるというのは幸せなことなんだよ。泣くだけ泣いて、それから次にいけば、いい」

2012年7月13日金曜日

彼女の肖像(2)


振り返れば。私が彼女を撮るようになって一年が経った。ひと月に一度、彼女の体調のいい時を探して向き合う。あっという間だったような、とてつもなく長い月日だったような、そのどちらでもあって、どちらでもない。

最初の頃、私は、ただひたすら、私に何ができるだろう、というその一心で彼女とカメラを挟んで向き合っていた。
それが徐々に変化し始めたのはいつの頃だったのだろう。よく覚えていない。
彼女と向き合いながら、私は彼女の中に、私を見ていた、そんな気がする。

PTSDと診断されたあの日から私はもう十九年の月日を数える。
それに対して彼女はまだ数年。
だから、彼女の状態は、過去の私のどこかに重なり合うものがあった。

彼女を見つめながら、私はいつしか、彼女の中に過去の私の像を見ていた。
あぁ、こんな時があった、あんな時が私にもあった、と。

それは、時に切なく、時に哀しく、それでいてほっとする、そんな、時間、だった。

2012年7月12日木曜日

彼女の肖像(1)

彼女と向き合い始めて、もう一年になる。

性犯罪被害者となってPTSDを抱え込んだ。
数年後、大腸癌であることが分かり、手術。
その直後、難病のサルコイドーシスであることが判明。

ひとりぼっちの母親を道連れに、心中をしようとしたこともあった。
何度首を括り自殺しかけたかもわからない。

それでも。

サルコイドーシスであることが判明して以来、彼女は生きることを決めた。

そんな彼女と、定期的に、カメラを挟んで向き合う。

この一年を見つめてきて。改めて思う。タフになったな、と。
そもそも出会ったのは一年半前、その頃の彼女は、蒲公英の綿毛よりも儚く脆かった。吹けば飛ぶような、という表現があるが、その頃の彼女は、こちらが吹く以前に飛んで行ってしまいそうな様相だった。

病が彼女を強くした、なんてことははっきりいって言いたくはない。
でも。
これでもかこれでもかと押し寄せる波を潜り抜けて行く間に、彼女は、自分の奥底に眠っている「生きたい」という欲望を、しかと見出したことは確かだ。

生きたい。

この純粋無垢な欲望は、誰にも止められない。

彼女はその欲望に、日々打ち震えながら、それでも今日も生きている。
そんな彼女を、私は誇りに思う。