2012年8月15日水曜日

彼女の肖像(5)

そう、彼女を追いかけるなら、四六時中彼女に張り付いて、彼女の日常までもに押し入って、撮ることが必要なんだろう。それは分かっている。
でも。
私は、敢えて彼女に、私の舞台に乗っかってもらうことを、選んだ。

どう言ったらいいのかまだよく分からないのだが。
私は何よりも何よりも、彼女が死ぬその時、写真を見て、あぁ私こんなにいっぱい生きてきたね、と、そう言ってくれるような写真が、撮りたいと思った。それらをこそ、残したい。そう、思った。

2012年8月2日木曜日

彼女の肖像(4)

勿論私は彼女とカメラを挟んでだけ向き合っていたわけじゃない。カメラのないところで、ごく普通に彼女と向き合っていた。
具合が悪くて杖なしでは歩けなかった彼女。
病魔のせいで片目の視力がどんどん奪われ視界が曖昧になってゆく彼女。
パニックを起こし待ち合わせ時間にずいぶんと遅れてやって来る彼女。
処方された薬のせいで決まった時間にしか食事をとることの許されない彼女。
いろんな彼女と私は向き合ってきた。

病魔に冒された彼女を捉えるなら、四六時中カメラを携えて彼女と会い、具合の悪いときの彼女を容赦なく撮影すればいいのかもしれない。それは難しいことじゃぁないだろう。
でも、私はそれをしたくないと思った。

彼女は自分の生きている証を残したいと願っていた。生きている証、生きていた証、生きてきた証。それがちょうど私の「写真」という術と合致した。だからこそ彼女は私が写真をと言い出したとき、快諾してくれた。むしろ、自分の具合の悪いところでも撮って構わないというふうでもあった。けれど。

私は彼女を写真によって励ましたいとは思った。しかし、写真によって彼女の尊厳を汚すことだけはしたくなかった。