2013年12月30日月曜日

ありがとうございました


今日で今年の書簡集での展示も無事終わります。
長いようで短い時間でした。いつもそう思います。
訪れてくださった方々、遠方からエールを送って下さった方々などなど、
本当にありがとうございました。

そして今年も、終わってゆきます。

来春、4月5日から5月5日、
REMINDERS PHOTOGRAPHY STRONGHOLD
http://reminders-project.org/rps/aboutstronghold/
にて、「杏子痕~彼女の肖像」の展示をします。
気持ちを切り替えて、その準備に私は入ります。

今年一年、お世話になりました。
よいお年をお迎えください。
そして来年も。
どうぞよろしくお願いいたします。

にのみやさをり

2013年12月3日火曜日

風の旅人復刊3号に

12月1日、風の旅人復刊3号が発刊されました。
http://www.kazetabi.jp/

この3号に、「彼女の肖像~杏子痕」が掲載されました。

私の手元に今、この3号があります。でも、まだ正直、ちゃんと自分の頁を見ることができていません。そして今日、彼女にこの本を手渡してきました。

彼女がにっこり笑ってくれたことが、何よりの私の励みです。
そして。
これを読んでくださるあなたの声が心が、私たちのこれからの励みになります。

よかったら、読んで、見て、ください。

2013年11月22日金曜日

「憶懐景」はじまります

今年の展示もあっという間に後半戦に突入します。
明日から
「憶懐景」がはじまります。

「憶懐景」は去年展示した「去棄景」の延長線上に在ります。
去棄景は、会場で販売しております手作り写真集でご覧になっていただけるかと思います。
それも合わせて、会場で珈琲を飲みながら、楽しんでいただけたら嬉しいです。

にのみやは、現在子育てに夢中なため、常に会場にいるわけではありません。
でも、数日前にご連絡いただければ、
息子を抱えて会場に駆けつけたいと思っています。
お気軽にご連絡くださいませ。


どうぞよろしくお願いいたします。

2013年10月28日月曜日

本の販売について

写真展、はじまりました。
これから前期後期と合わせて二ヶ月間、どうぞよろしくお願いいたします。
なお、にのみやは常に書簡集に詰めていることが現在できません。
事前にご連絡いただければ、できるかぎり会場にいるようにいたしますので
どうぞお気軽にお声かけてください。

さて、書簡集では現在、

写文集「声を聴かせて 性犯罪被害とともに」(2100円)

写真集「鎮魂景」(2500円)、

手作り写真集「去棄景」(2000円)、

を販売しています。

見本をそれぞれ置いてありますのでご覧になっていただけると嬉しいです。
ほしいなと思ってくださったらお気軽にお店の方にお声かけてください。
よろしくお願いします。

2013年10月20日日曜日

展覧会と写真集「去棄景」販売のお知らせ


立て続けになって申し訳ないのですが、展覧会のお知らせです。

10月27日から12月30日まで、
東京国立市中2-3-7 書簡集 にて、写真展を催します。
お近くにおいでの際は、ぜひお立ち寄りください。
おいしい珈琲と一緒に、作品を楽しんでいただけたら、とてもとても嬉しいです。

そして。
今回、去年展示した「去棄景」の写真集(20photos + 1print)
を、会場で販売します。
限定50部の販売となります。


 



基本、会場での販売になりますが、
「会場に今年行くことができない」や、「場所が遠くて無理なの」という方の中で
もしご希望の方がいらっしゃいましたら、郵送させていただきますので、
お声かけてください。

手作り写真集「去棄景」
総頁40頁(写真20点掲載)に、一枚、Lサイズのプリントを付しています。
一冊 2000円 となります。
※郵送料(ゆうメール) 250円

ご希望の方は、saori.ninomiya05(a)gmail.com
まで、ご一報ください。詳細は改めてメールさせていただきます。

さぁ、写真展まであと僅か。
せっせと準備に励みます!

2013年9月25日水曜日

写真展のお知らせ




今年も写真展開催します。
場所は、例年通り、東京都国立市にある書簡集です。

「鳥翔景」(人物写真)2013.10.27~11.22
 

「憶懐景」(心象風景写真)2013.11.23~12.30
 

会場は珈琲店です。おいしい珈琲やケーキと一緒に作品を眺めてしばしの時間を楽しんでいただけたら、とてもとても嬉しいです。
DMご郵送ご希望の方は、お知らせいただければ、嬉々として郵送させていただきます。
お気軽にお申し付けください。

なお、会場にて、限定部数の小冊子を今年販売予定でいます。
詳細は、もう少し期日が近づいたら、ということで。
しばしお待ちください。

どうぞよろしくお願いいたします!
 
 

2013年9月23日月曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 12






彼女が言う。
「ね、だからね、約束だよ。私は五年後も十年後も生きるから、だから、おばあちゃんになったら、ふたりで縁側で並んで、お茶飲むんだよ」

だから私も応える。
「はいはい。分かってるって。嫌でもそうなるよ。のんべんだらりーと、日がな一日、縁側で過ごすんでしょ、はいはい」

日がもうだいぶ高みに昇った。さぁ、今日はもう帰ろう。私たちは帰り支度を始める。強烈な日差しが彼女の体力を全て奪ってしまう前に、私たちは屋根の在る場所へと。

振り返れば、眩いほどの陽光。涙が滲みそうだ。

2013年9月21日土曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 11


失ったものを数え上げたらきりがない。諦めなきゃならなかったものを数え出したらきりがない。
だから私たちは、いつでも、あの日の後、得られたものに感謝する。それらをこそ、数える。眠る前、しんどい時、辛い時、悲しい時、そうした時に私たちは、あの日があるから今の私があるんだ、と、敢えてそう、感謝する。
それが、私たちの、次に進むための「バネ」になる。

あれから一年、今、彼女の体には、あちこちに腫瘍が顕れ始めている。近々彼女は手術の予定が入っている。幾つもできた腫瘍の幾つかを切除する手術だ。そのなかには、神経に絡み付いていて切除が難しいだろうといわれているものも、ある。
線維筋痛症の症状はどんどん悪化するばかりで、最近では痛みの発作に一日中襲われていることも少なくない。
だからこそ。
私たちはやっぱりここに帰ってくる。
「ふたりおばあちゃんになったら縁側でお茶飲もうね」
という口癖。そこに、戻る。

2013年9月18日水曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 10


「私、いろんなもの失ってるよなあ。友達もいっぱい失った。ものを失うより、ひとを失うことの方が辛いね」
「そりゃそうだ。私も、これでもかってほどひとを失った。ものなんてさ、替えがきくけど、ひとは替えがきかない。唯一無二だから。それが、辛い」
「そうなんだよね。失いたくなかった、昔親友と思ってたひとを、失って。あぁ、私、何もなくなっちゃうのかなぁって、そう思ったらさ、なんかもう、空っぽに…」
「でもね、親友と心友の違いを教えてくれたのも、同じあの、被害体験、なんだよね。違う?」
「…そうなんだよねぇ。それはほんと、そうなの。だから、今は、思ってるんだ。心友ができてよかったな、って。あの頃の私じゃぁ得られないものを、あの体験をしたからこそ得ることができた、って。そう思う」
「うん。そうだよ」

2013年9月16日月曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 09


時折思う。
いっそふたりで肩を抱き合ってさめざめと泣けたらと。そう思わないわけじゃなかった。でも。泣いたって何したって、私たちの時間は巻き戻すことはできない。あの日はなかったことにはならない。あのときの傷はどうあっても、消えてはくれない。
だったら。
できることは、何か。
次に、目をむけ、進むこと、だ。

2013年9月14日土曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 08


「あのことさえなければ、私は今もあの場所で、飛び回ってたのかなぁ、って…」

だから私は、わざと畳み掛けるように言ってのける。

「無理だよ。体力の限界がきて、きっと終わりは来てた。あの事件がなくても、終わりは必ず来てた」
「分かってる、体力の限界は間違いなくいずれ来ただろうって思う。でも、でもね、その日ぎりぎりまで、私は頑張っていたかったの」
「そんなこと言ったってさ、もうどうしようもないじゃん」
「ん、そうなんだよね。どうしようもないんだよね」
「何度言ってみたって思ってみたって、取り戻せるわけもないんだもん。言うだけ思うだけ無駄だよ。やめよう」
「ん、分かってる」

2013年9月12日木曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 07


「時々ね、今でも思っちゃうの。あんな事件さえなければ、って…」

彼女が突如そう言う。
あぁ、私もその言葉を、一体何度繰り返したことだろう。あの事件さえなければ。性犯罪被害にさえ遭わなければ。
私たちは、被害に遭う前、共に、いわゆるキャリアウーマンだった。男ばかりの会社で、試されるように次々仕事をこなしていた。それは私たちを形作る上での、大きな大きな要素であり、譲れない部分でもあった。私たちは働く場所は違えど、共にそうやって、戦っていた。
でも。
あの日を境に、それは崩壊した。音を立てて崩れ落ちた。がらがら、と。
そして残ったのは。
もう二度と同じ仕事に戻ることができない、そんな、病に振り回されるばかりの自分だった。

2013年9月10日火曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 06


私は話を変えたくて、敢えて訊いてみる。

「お母さんの具合はどう?」
「ん、よくない。全然食べてくれないの、食事」
「あなたに「食べてくれない」って言われるっていうのは相当だぁね、そりゃ」
「ん、どんどん痩せてっちゃう。それに身体が痛い痛いって毎日言ってる」
「でもそれはあなたも同じでしょう?」
「ん、同じ。だからお母さんに、身体揉んでって言われても揉んであげることが殆どできない。それでも、揉んでって言うの。だから辛い」
「そんなん、無理なものは無理だもん、しょうがない」
「ん、分かってる…」

一体幾つのことを、受け容れ、認めて、それを重ねたら終わりが来てくれるのだろう。一体幾つのことを失い、諦めたら、終わりが来るのだろう。
きっとそれは、死ぬその日まで、続くんだ。どうあっても、誰であっても。

2013年9月7日土曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 05


「目もね、だいぶ見えなくなってるの。もう片目は殆ど見えてない。体調が悪いときなんてほんと、何にも見えない」

私はそれにも、やはり頷く。そして黙って心の中、怒っている。怒る以外のどんな感情が生まれるというのか。心の中、ただ、私は黙して怒っていた。どうして彼女にばかりこんなことが襲い掛かるのか、と。カナシイとかツライとか、そんなもの、もうとうの昔に通り越していた。

2013年9月4日水曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 04


「これでも一生懸命歩いてるんだけど。だめだよね、どんどん歩けなくなっていく」

彼女の言葉が今改めて思い出される。どんなに強気で「私は生きる」と繰り返す彼女でも、容赦なく次々襲い掛かる身体の異常を、受け容れないでは次にいけなかった。だから私はそんなときいつも、ふんふん、と頷いた。そして時折、「しっかり歩くんだよ、毎日」と発破をかけた。

2013年9月2日月曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 03


この日、これでもかというほど陽射しが強く、辺りに照り付けていた。そんな早朝から焼けつくような陽光のもと、私たちは撮影を始めた。
思うように歩けなくなった彼女をどう撮るか。私は杖をついていても全く問題ないと思ったが、彼女は、そういう不自由な姿をできるなら晒したくない、どこまでも元気な自分を、できうる限り残しておきたい、そう考えていた。だから、場所場所の間を私の自転車の後ろに彼女を乗せて移動し、必要最低限の歩行距離で済むよう、配慮した。

2013年8月30日金曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 02


それでも。
生きると決めたあの日以来、彼女の、「生きよう」という力は衰えることはなく。彼女の口癖は「ふたりおばあちゃんになったら縁側でお茶飲もうね」だった。
私はそれを、ふんふん、と聴くのが常だった。それ以上に何と応えられたろう。もしかしたら一年後彼女はこの世界にいないかもしれないという恐怖を感じながら、私に一体何を、応えられたというだろう。

2013年8月28日水曜日

彼女の肖像vol.3~顔のない女 01


このブログで何度か紹介している彼女は、性犯罪被害者となってから癌、サルコイドーシス、線維筋痛症、慢性疲労症候群等の病気を患いながら、今を生きている。
この写真たちは2012年の夏に撮影したもので、この頃彼女はだいぶ脚が不自由になってきていた。自力で歩くことが難しくなり、常に杖を使用していた。
また、もともと持病をもっていたお母様の具合が悪くなり始めた頃でもあり、その看病で彼女の心身は疲れきってもいた。

2013年7月8日月曜日

花迷子-11


二十歳になり、二十歳になったことで「そんな子どもっぽいことを」とか「もう二十歳でしょ」とか、勝手な括り方をされてしまう。それが彼女にとっては自然に滲み出ただけの事柄であっても、他人は勝手に評する。
それに対して彼女は必死に抗っていた。足掻いていた。
それでいいんだと私は思う。どれほど抗ったって足りないだろうとも思う。そうやって、彼女が彼女自身納得のいく人間に辿り着けたなら。
それには、多分まだまだ時間がかかる。彼女はその道中できっとずいぶん傷だらけになるだろう。それでも。
足掻いて足掻いて、抗って抗って。
そうしてひとつひとつ、年を重ねて皺を刻んでいってほしい。そして最後の最後、私は私をちゃんと見つけた、育んだ、と、彼女が納得できますように。

私はそれを、願ってやまない。

(「花迷子」 終 )

2013年7月3日水曜日

花迷子-10


撮影が終わって、彼女に改めて問いかけた。
私に伝えておきたいことってある?と。
すると、こんな言葉が返ってきた。

「男女関係ないお友達だけがいれば、きっと生きやすくなるのにな。でもそうはいかないし、私のような考えのひとは少ないこともわかっています。わかってもらいにくいことだとも、知っています。
だから自分は少女(こども)で通していきたいし、わがまま言っているように見せて変に好かれないようにしてます。
自分がそうすることでしか、女性から抜け出すことはできないのかなって。
でも、人に恋愛感情は抱いてしまうので、いろんなことが悲しくて仕方ないです。

子どもなだけ、ではない。大人になれば、とか年齢的なことでもないと自分では思うんです。諦めるか、貫き通すかしか道はない気がします。いまのところ。
でも、友達でもなんでも、人を愛することは大事なので、それはこれからも胸にしっかりと刻んでおきたいです」

(「花迷子-11」へ続く)

2013年7月1日月曜日

花迷子-9


それは多分。
彼女が今、両極を行ったり来たりしているから、なのかもしれない。
オトナになりたくない。自分が思う納得できるオトナにならなってみたい。
女性になりたくない。そのくせ恋愛感情はしっかり抱いてしまう自分。
いろんなことが、ごちゃまぜになって、今、彼女の中に在った。
だからこそ彼女は、そんな自分に正直に戸惑い、素直に惑っていたのだろう。

(「花迷子-10」へ続く)

2013年6月27日木曜日

花迷子-8


撮影も中盤を過ぎた頃、裸足になってもらっていた彼女が笑い出した。

「裸足って気持ち良いですね!こんなに気持ち良いって忘れてましたぁ!」

普段人ごみに塗れた街も、この早朝という時間帯はがらんどうで。まさに言葉通り、私と彼女しかいなかった。それもきっと彼女に作用していたろう、彼女は踊るようにスキップしていた。
それなのに。それなのに何故だろう、私はカメラを通して彼女を見つめると、どうしても踊りながら泣いているように見えてしまうのだった。

(「花迷子-9」へ続く)

2013年6月24日月曜日

花迷子-7


彼女のこの戸惑い、共感できる人は結構いるのではなかろうか。男性より女性の方が露骨に体が変化してゆく。胸が膨らみ生理が始まり、体の線は丸くなり凹凸がはっきり感じられるようになってゆく。あまりの変化の早さに戸惑い、逃げたくなった覚えのある人が彼女の他にも多くいるのではなかろうか。
女の性に染まってゆく己への戸惑い。勿論逆に誇らしく感じるという人たちもいるだろう。大人に近づいてゆく、少女から女性へ変化してゆくことを誇らしく受け容れてゆける人たちも。
でも、彼女のように、戸惑い、嫌悪し、罪悪感まで抱く、そういう少女たちもまた、存在する。私は現実に、彼女の後ろに夥しい数の、女性になることを必死に拒否している少女たちの姿が見えるような気がした。

(「花迷子-8」へ続く)

2013年6月20日木曜日

花迷子-6


オトナになりたくない。なりたいけどなりたくない。
そのオトナになりたくないという彼女の言葉には、彼女特有の意味も込められているように感じるのは私だけか。それは、「女性になりたくない」とも聴こえるのだ。
というのも。出会った頃彼女がこうも言っていたからだ。私、自分の女っていう性がキライなんです、と。

「自分が女だというのは信じられないです、正直。
うまく言えないんですが、体ばっかり勝手に大人に(女に)なっていってしまって、小さいころから、女の人に近づいていくのが嫌だと思っていたので、どうしよう、って思っています。
女の人として男の人と向き合うことは、自分の場合のみですけれど、『汚れる』という罪悪感があるんです。
…性ってものを思うと、浮かぶのはだから、私の場合罪悪感です。
でもそれは、女でごめんなさいというよりは、どうしてこういう体なんだろう。どうして女性的なんだろうっていう…。
この体が、誰かの性欲に関わってなければいいのに、と思います」

(「花迷子-7」へ続く)

2013年6月17日月曜日

花迷子-5

 彼女は出会った頃こんなことを言っていた。私、オトナになりたくないんです。
だから今回改めて彼女にそれを尋ねてみた。
すると彼女は、オトナになりたいし、同時になりたくない、と応えてくれた。

「心のなかの神様を大事にできる大人です。
それは多分良心……だと思います。
ひとのことを考える、思いやりをもつ、相手の立場になってみることのできる大人にもなりたい。
オトナになりたくないっていうのは、オトナになると大事なことを忘れてしまう気がするから」

じゃぁどんなオトナになりたいのかと彼女に尋ねると、彼女はしばし考えた後こう応えてくれた。

「人に流されない人間でありたいです。自分の意思を持ち続けられる人でありたいです」

(「花迷子-6」へ続く)

2013年6月13日木曜日

花迷子-4


私が言った人形のイメージと、彼女の抱く人形という言葉へのイメージは、かなりの隔たりがあった。恐らく彼女にとっての人形或いはぬいぐるみというのは、とてもあたたかな、そしてやわらかいイメージだろう。一方私が抱く人形という言葉に対するイメージは、まさに虚ろ、ひんやり、空洞、といったものだった。
でも私は事前に、この人形という言葉に対するイメージの差異について、敢えて触れることはしなかった。彼女が思うとおりにまず動いてもらおう、そう思った。

(「花迷子-5」へ続く)

2013年6月10日月曜日

花迷子-3


彼女は撮影に当たって大切にするぬいぐるみを持参してきていた。お人形といわれたとき思いついた、と彼女は話す。それに、カメラの前に立つのにひとりよりふたりの方がちゃんと立てる気がして、と。
そんな彼女は最初ぬいぐるみを両手で前にかき抱いていた。大事そうに、というよりも、まるでしがみつくかのような具合だった。彼女はそのことに気付いていたろうか。だからあぁ彼女はずいぶん緊張しているのだなと知ることができた。

(「花迷子-4」へ続く)


2013年6月6日木曜日

花迷子-2


その朝早く、私達は家を出た。まだ日が昇る前の時間、私達はめいめい自転車を飛ばし、目指す場所へと急いだ。
日が昇る前に少しでも何枚か撮っておきたいと思ったからだ。
びゅんびゅん飛ばす私の運転を、眼を丸くして、果ては笑い出し、それでも必死について行こうと懸命にペダルを漕ぐ彼女。その無心の一生懸命さは、彼女がいつも他者に対して持つものだった。
そう、彼女は常に、全力で他者と対峙する女の子だった。相手がどう斜に構えていようと関係ない、自分は真っ向勝負する、という気概がいつも彼女の肩あたりに感じられた。私はそんな彼女がとても好きだ。だからこそ、彼女の奥底を覗きたくなった。

(「花迷子-3」へ続く)


2013年6月3日月曜日

花迷子-1


彼女の写真を撮ろうと考え始めたとき、浮かんだのは、虚ろな人形、だった。
理由は幾つかあって、その一つは、彼女が常に鎧を着ているように見えたこと。本心(本性)を押し隠し、にっこり笑っている笑顔が印象的に見えたこと、だ。
彼女と接する時間を重ねれば重なるほど、その印象は強くなった。何故こんな鎧を着ているのか。着ねばならなくなったのか。私はそれを、とても知りたいと思った。
また、彼女の笑顔は悲しいほど明るく弾ける。口元目元、体中で弾ける。なのに何故だろう、時折瞳の奥だけが置き去りにされているような、笑っていないと思わせる翳がよぎるのだった。
そうした私が受けた印象が、虚ろな人形、というものを思い起こさせた。
だから彼女に写真を撮らせて欲しいと伝えると同時に、私は、空っぽの、人形に見立てて撮らせて欲しい、と伝えた。

二十歳になったばかりの彼女は、全身生気漲っている。漲っている、はずなのに、何故こんなにも瞳の奥底が暗く沈んでいるのだろう。それがとても、私には気がかりだった。
だから、いっそ、虚ろになってもらえたら、彼女の本心がむしろ浮き彫りになるんじゃなかろうか。そう思った。


2013年5月25日土曜日

彼女の肖像2-8


いつも、これが最期かもしれない、と思っている。これが最期の撮影になるかもしれない。彼女とカメラを挟んで向き合うのはこれが最期かも、と。
今回もそうだ。彼女の足は病巣はますます膨らんで、痛みを増して、彼女に圧し掛かる。私はただそれを見つめるしかできない。
それでも。だからこそ。私達は必ず撮影の最後にこんな言葉を交わす。
「今度どうする? いつにしようか?」
それが実現可能かどうかなんて問題じゃない。私達の気持ちが、そこへ向かっているということ、それを明らかにすることだけが、ここでは大切で、それ以外の何者でも、ない。
「また向き合うのだ」という気持ちを失わないこと。その為にも病に負けないこと。それが、私達を次に、明日に、向かわせる。

この日彼女は私が三月末に産んだ子を初めて抱いた。私の妊娠が分かってから彼女は言い続けていた。「絶対抱かせてね、抱くんだもん、あぁ楽しみ!」。
写真には残さなかった。残せなかった。でも。
彼女はじっと、小さな命の塊を見つめていた。何処までも何処までもいとおしげに。

彼女の命はあと、どのくらい。
その間彼女は一体どれ程の痛みに耐えねばならぬのだろう。
答えは、ない。でも。
彼女はとことんまで生きようと足掻くんだろう。私はそう信じている。だから私は、そんな彼女をただ、一瞬も見逃さぬよう、見つめ続ける。

(「彼女の肖像 vol.2 」 終)

2013年5月23日木曜日

彼女の肖像2-7

本当は。
もっと撮りたい、彼女を追っていたい、彼女を見つめていたい。でも。
私達に残された時間は、あと僅か。
強い北風は、容赦なく彼女の足から体から温みを奪う。それとひきかえに足には痛みが残される。それはどんどんどんどん強くなり塊になり。
なのに。
彼女は自分からもう終わりにしようと言わない。見かねた私が、今日はこれで終わり!と宣言する。
「どう?歩ける?痛みは?家戻ったらお風呂沸かす?」
「ん、いや、シャワーでいい」
「水貯めた方が楽じゃない?」
「ううん。痛み出したら、もう、あっためても何しても変わらないから。足洗えればそれでいい」

私は彼女が持っていた荷物を代わりに担ぎ、彼女は杖だけになって、二人元来た道を歩き出す。
(「彼女の肖像2-8」へ続く)

2013年5月20日月曜日

彼女の肖像2-6


あの約束を、私は一時たりとも忘れたことは、ない。だから、彼女と相対していて、つい手助けの手を差し出してしまいそうになるとき、心の中私は自分を平手打ちする。今この瞬間、手助けすることは簡単だ、でも。彼女はそれを果たして望んでいるのか? 今手を差し伸べることが果たして彼女にプラスになるのか? その問いが私の内奥でぐるぐる駆け巡る。
だから私は常に常に、自分に言い聞かせている。
同情は絶対にしない。その場かぎりにしかならないような手助けもしない。私は、あくまで彼女を、病を背負った彼女として扱うのではなく、病は彼女の一部に過ぎないとして接するのだ、と。
その時私達の右手からすうっと光の筋が伸びてきた。
「お、夜明けだよ、ほら」
「あ、本当だ…」
「よし、あの展望台まで歩こう、展望台から朝日見よう」
「うん」
私の足だけだったら、ここから数分で行ける展望台。でも。彼女が歩くとそれは、十五分近くかかるのだった。
そうしてようやっと辿り着いた展望台から、私達は並んで朝日を見つめた。お盆のように丸く燃える橙色は、一歩一歩、地平線から昇ってくる。まだ空に残る黒雲に時折呑みこまれたりしながら、それでも。
「足、どう?」
「痛い」
「どうする?」
「もうちょっと頑張れる」
「そっか」
「うん」
彼女のもうちょっとという言葉を握り締めながら、私は再び辺りを見回し、そして彼女に伝える。
「じゃぁあの芝生のところまで行こう、今日はもうそれで終わりにしよう」
「うん」
(「彼女の肖像2-7」へ続く)


2013年5月16日木曜日

彼女の肖像2-5


二年前。
彼女がサルコイドーシスだと分かり、抗がん剤治療をとりあえず一回目始める、その直前に彼女は私に言った。
「私を病人扱いしないでほしいの」
「どういう意味?」
「重病人って看做さないでほしい。ふつうの人として扱って欲しいの」
「なんで?」
「病気って認めるのも思われるのもいやなの。いや、病気なのは仕方ないけど、だからって同情されるの、イヤなの」
「わかった」
(「彼女の肖像2-6」へ続く)


2013年5月13日月曜日

彼女の肖像2-4


彼女の姿を捉えながら、その背後に広がる暗い空をじっと見つめる。夜明けはすぐそこ、でも夜明け前の今はまだ、空は闇に覆われている。どす黒い雲が冷たい風に追われている。
「生きてるね、まだ」
「当たり前じゃん、生きてるよ」
分かっている、当たり前なんかじゃない、相当の努力や忍耐をなしにしては、ここまで彼女が辿り着くことはできなかっただろうこと。分かっている。
でも、だから、私はあっさり応える。(「彼女の肖像2-5」へ続く)