2014年3月24日月曜日

海へ


海が好きだ。たまらなく好きだ。
せっかく死ぬなら、その時は海が、いい。

特に、荒れた海が好きだ。岩を叩く波が音とともに砕ける様を間近で見つめていると、
自分の穢れも共に飛び散ってくれるような錯覚を覚える。

あの日。台風がやってきた。結構大きな台風で、北の海へ向かって日本を横断してゆくところだった。
それを知って、私は台風を追いかけるように電車に飛び乗った。
窓ガラスががたがた鳴って、滝のように雨が流れ落ち。
そんな中を、私はひたすら北へ急いだ。

でも。
台風はそんな私をあざ笑うかのように、ひらり身をかわし。
私が岸辺に着いた時には、もう離れたところへと飛んで行ってしまっていた。
その時の悔しさ悲しさといったら、なかった。私は台風にさえ取り残される人間なのかと
そんなどうしようもないことを私は嘆いた。

要するに。
私は死にたかったのだ。そして死ぬ場所として、荒れ狂う海を選んだ。
そこに沈んだら、こんな私だって昇華されるような気がしたから。
だから必死に、台風を追いかけたのだ。台風の真下の海だったら、私を飲み込んでくれるんじゃなかろうかと思って。

でも間に合わなかった。取り残された。置いてきぼりになった。
そうして、私は、とぼとぼと、濁りきった海へ入って行った。
もう何でもいい、どうでもいい、と思った。死ねるなら何でもいい、と。
だから海にとぼとぼ入って行った。
じきに頭まで沈んで、ずぼずぼと体は沈み始めた。
あぁこれで死ねるかなぁなんて私はのうのうと考えていた。でも。
体というものは、生きる為に必死に動く。
死ぬためになんて動きやしない。いつだって、生きる為に動く。
この時も、私の身体は私の意に反して、もがき始めた。
苦しい、苦しい、苦しい、クルシイ!!!
体は叫びだし、全身で叫びだし、抗った。
そして気づいた時には、私は空を見上げていた。

あぁ死ねなかった。あの時の絶望といったら、ない。

しばらくぷかぷか波に揺られていた。そして私はすごすご岸に向かって泳ぎ出した。
ずぶ濡れの私は、浜辺ででろん、横たわった。
見上げる空は、どこまでも澄んでいて。そして思い出した。
さっき、ついさっき見た海は、エメラルドに濁っていたっけな、と。

美しい、色だった。それは。エメラルドに濁って、光が乱反射して、
海は、
生きていた。

私は、もう一度生きよう、と思った。ここから生きよう、と。

諦めた。もう、死ぬのは。
死ねないなら、ならば、とことん生きるしかない、と。

私の今は、あそこから始まっている。