2014年10月18日土曜日

沈黙の言葉


世界がモノクロにしか見えなくなったのはもう二十年前のことになる。或る日突然、私の世界はモノクロになった。赤信号のはずのところが濃いグレーにしか認識できず、愕然としたのを今もはっきり思い出せる。それまで色の洪水だった世界がすべて、グレートーンに置き換えられてしまうショックは、言葉では言い表しようが、ない。

あの日から二十年。気づけば、いろんな場面で色が蘇ってきていた。
色の蘇りも、ある日突然だった。あれ?と思った時、私は空の青を認識していた。森の緑を認識していた。或る日突然世界がモノクロになったのと同じく、或る日突然私の世界は色を取り戻した。

まだ油断すると色は失われ、すっかりモノクロになっていたりするが、もうなんというか、慣れたもので、むしろカラーの世界よりモノクロの世界に親しくなってしまった私としては何の不思議もなく。だから、通常のひとが聞いたら不思議に思うか理解できないかどちらかだと思うが、カラーとモノクロの世界を自由に行き来しているというのが私の今、だ。

つい最近、心が折れそうになる出来事にであった。であったというより突如降ってきた、というのが一番正しいかもしれない。

ああもういやだ、だめだ、むりだ。
心の中そう囁く誰か。
いやそんなことはない、まだやれる、まだ耐えられる、いくんだ。
心の中そう囁く誰か。
ふたりは同じ心の中に同居していて、どちらも同じくらいの比重を占めていて。
引き裂かれるなぁ、という感覚だけが、あった。

世界はモノクロで。
強烈なほどのモノクロで。

ああもう沈黙するしかないなぁと思った。

そして気づいた。
世界は沈黙の言葉にみちみちていることに。
むしろ言葉を操るのは私たち人間だけで。

沈黙は金、と言ったのは誰だったか。
言葉を失って、はじめて、言葉の重さを知る朝。

世界は沈黙で満ちている。そして世界は、美しい。